Mods v Rockers: Fighting Over Style

2016年6月22日
モッズとロッカーの共存は難しかった。
両方とも50年代のテディ・ボーイズの精神性を追いかける若者のカルチャーでありましたが、ロッカーはスタイルとしてその時のままを保とうとし、
モッズは前進する事を何より大切にしていたという事から60年代半ばにかけてそれぞれのスタイルが確立していきました。
ロッカーは「TON-UP-BOYS:The Wild Oneのマーロン・ブランドに直に影響を受けたオートバイの走り屋」から始まりました。
ファッションよりもスピード重視、バイクに乗るのに必要なブラックレザージャケット、シルクのスカーフ、ジーンズにウールの靴下と重厚なブーツのイメージです。TRANSPORT CAFEに集まりジーン・ヴィンセント、ビリー・フューリー、エディ・コクラン、リンク・レイを聴いたりしていましたが、彼らが追い求めていたのは何よりもスピードでした。

その後のロッカーは傷んだレザーとスタッズ以外はTON-UP-BOYSとは少し違って、オートバイよりもロックンロールの方に流れていきました。

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対照的に、スクーターに乗り、ロンドンのモダンジャズが好きできれいに着飾った彼らのライバルが「「モダニスト」また「モッズ」として登場しました。
彼らはダンスやジャズの代表マイルス・デイヴィスやアート・ブレイキー等が着ていたアイビーリーグファッションに熱中していました。

その格好はヘアスタイルやフランスのアートハウスシネマのスター等にもよく影響を受け発達ましたが、カジュアルなイタリアンサイクリングスタイルをするときも清潔感や賢明さを保つようにしていました。また音楽も進化し、ブルース、ソウル、スカなどに変わっていきました。

モッズとロッカーはまさに対極にいましたが、メインストリームに対抗したライフスタイルという所では共通していたので、60年代の初めの頃はもめる事も無く共存していた時期もありました。
ところが1964年のイースターウィークエンドにクラクトンでの小さな衝突が起こり、これが公てなった事がきっかけでこの年の5月と6月のバンクホリデーウィークエンド、イギリス南方の海岸リゾート地でのあのモッズvsロッカーの大闘争が起きたのです。

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このバトルは長くは続きませんでしたが、ロッカーが70年代のヘビーメタルの方に流れていく形でモッズが優勢になり、
パンクのイメージやサイコビリーの姿勢を作り上げ、これがモダニストスタイルを確立し、多大な影響を与えていった事でモッズの勝利となりました。

60年代の終わり頃、南部ではスキンヘッズやスウェードヘッズが彼らオリジナルのモッズスタイルを確立していった一方で、音楽やダンスに夢中だったモッズがイギリス北部でのノーザン・ソウルを生み出しました。

それを超えて、モッズはその後、サウンド、スタイル、イメージで影響を与え、のたくさんの若者のカルチャーを生み出しました。
ACID JAZZのレアグルーヴモッズ、BAGGYの24HOURパーティーのアウトルック、またはブリット・ポップ世代のパーカーを着たスタイリングと、時代を超えてモッズは常にスタイルのチョイスとして存在し続けています。