2014秋冬コレクションBlack Label 'The Audition オーディション'

2016年6月22日
「ギターバンドの時代はもう終わりだ」

ロックンロールの誕生以来、この台詞はほぼ10年おきに、時代が自分たちの手中にあるものと考えていたスーツ姿の男たちによって語られてきました。1962年1月1日、デッカ・レコードのスタジオにいた3人の男たちは、15曲のオーディションを受けるためにマネージャーのブライアン・エプスタインに連れられてきた、若い、希望溢れるギターバンドにも同じ事を言ったのです。
このバンドが、ビートルズでした。そして、この日彼らに拒否反応を示したレコード会社の判断は、その会社の歴史における最大の汚点として、音楽業界で何十年も語り継がれる事になるのです。

今シーズンの Black Label コレクションは、ビートルズの最も暗い時代を深く反映した作品となっています。絶頂期にあったバンドの状態から、会社運営におけるプレッシャー、そして最終的には音楽性の違いや個人的な理由から分裂に至ったバンドの経緯を辿ります。

デッカのオーディションの後すぐに EMI と契約を交わしたビートルズでしたが、最初に落選を味わった事で、結果的に自分たちの運命を自らの力でつかみ取るという精神がバンドに宿る事になりました。

1962年以降、社会現象となったビートルズの歩みは止まらなくなり、現代ポップバンドの誕生はまるで竜巻のような勢いを得ました。最も重要だったのは、メインストリームにおける成功とティーネージャーの叫び声という巧みな組み合わせの裏で、強烈な知性と前衛的な曲作りのセンスがその才能の開花を今か今かと待ちわびていた点です。

1965年12月のラバー・ソウル LP の発売で、バンドはまるでカメレオンのように、よりソウルフルかつ象徴的な領域へとそのスタイルを変え、新しいビートルズの誕生を方向付けました。彼らはマッカートニーのポップな感性とレノンのソウルフルな知性の見事な融合を果たし、商業的なポップバンドから、最終的に到達する音楽のパイオニア的存在へとバンドの力学を変更させたのです。

マネージャーのブライアン・エプスタインが悲惨な死を遂げた1967年以後、バンドはその業務を自ら担当する判断を下し、「アップル・コア」というシンプルな呼称の会社を創設しました。サヴィル街に拠点を構えた同社は、主要事業としてレコード・レーベル、映画スタジオ、そして電化製品をも扱う多面的な会社を目指し、その時代の自由な精神とクリエイティブな共同体を謳っていました。同社は大きな野望を抱き、また多くの面で成功を収めたものの、カウンターカルチャーにおけるあまり重要でない人々をも魅了する結果となってしまいました。「皆一日中、ダラダラと太極拳をしていたよ。」とリンゴが言うように、落ちこぼれ世代の余計な活動家たちもまた、バンドのおこぼれに預かる最適な場所に待機していたようです。

しかし、1968年には徐々にバンドに亀裂が生じ始めていました。ホワイトアルバムのレコーディング中、レノンとマッカートニーの間に張りつめた空気が生まれ始めたのです。レノンの側にオノ・ヨーコがいる事も、彼のソングライティングにおけるパートナーの心にわだかまりを生じさせ、また延々と長引いたレコーディング作業の過程で二人は互いの曲に対して批判的になりました。こういった状況は、その時代の暗さを映し出していたバンドにとってより一層のプレッシャーを加える形となりました。ベトナム戦争と政治的不安という恐怖に取って代わられた60年代の夢は、もはや枯れゆく花となっていたのです。

ホワイトアルバムは最終的には名作と見なされ、ようやくジョージ・ハリソンをバンドの作曲面における逸材として押し出す事に成功したものの、グループの勢いには大きな代償をもたらしました。彼らはもちろん、その後もレコーディングを行いますが、その過程にうんざりしている様子でした。ホワイトアルバムの製作は色々な面において、いつまでも逃れる事のできない暗い影をバンドに落とす結果となりました。

こうしてバンドの終わりが刻まれ始めましたが、まだ彼らには、本当にビートルズらしい、素晴らしくて象徴的なパフォーマンスを一つだけ控えていました。1969年1月30日、ビートルズはサヴィル街のアップル・コア本社屋上で、公的な場における最後の出演となった即席コンサートを開催しました。それはビート世代の影響を受けたテーラードスーツとシャープな髪型の頃から、60年代後半の共通点の無い個人的なスタイルの頃に至るまで、常に確信的なスタイルを誇ったバンドにとってかなり型破りな出来事でした。

眼下の通りで大混乱が発生したため、演奏を中断させるために警察が呼ばれました。しかし、アップル・コアのスタッフたちは団結の表明として、彼らの進入を阻みました。こうして八曲の演奏後、全てが終わったのです。その時、伝説的なエピフォン・カジノを自身の象徴的なギターストラップで肩から低くぶら下げて、レノンは眼下の観衆に奇妙な笑みを向けていました。

今シーズンの Black Label コレクションは、このような 60年代後半の騒然とした感情の錯綜を反映させ、マッカートニー風テーラリングからレノンのギターストラップのパターンにおよぶ、4つのビートルズスタイルを髄所に散りばめました。屋上で行われた、まるで無秩序なギグは我々の精神を表しており、スーツのチケットポケットやダブルベント、そしてボンバーやピーコートの襟立てに至るまで、あらゆるデザインのディテールにおいてビートルズの精神、そのイギリス風テイストが宿っているのです。

1969年の時点で、ビートルズはもはや世界最高のバンドなっていました。しかし、それでも尚、レノンは最初のデッカのオーディション時に味わった苦い思いを忘れてはいませんでした。最後に、彼は次の見事に皮肉めいたユーモアで締めくくったのです。

「バンドを代表して皆様にお礼申し上げます。オーディションに受かるといいな。」